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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第十六話

2 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:06:26 ID:U0jBOVFc0





( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ




第三部

旅人と衛兵の章





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3 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:07:21 ID:sufKPwQg0






第十六話




鴉の町 前半 (冬月逍遥編①)






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4 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:08:18 ID:sufKPwQg0
 ふざけるな、と誰かが怒鳴った。
 往来のの話し声が消え、足音も一瞬途絶えた。

( ^ν^)「人様のものを盗るんじゃねえよ、猛禽」

 怒鳴った者は身体を捩り、荷物を抱え込んだ。まだ若い。少年と呼ぶ方が相応しそうな風貌だ。

 怒鳴られている相手は幅二メートルはありそうな翼で風を靡かせ、浮いている。その姿は鴉に似ているが、胴体は人の形をしていた。
 魔人という、人の身体に獣の特徴を備えた種族である。

 苛立ち混じりの足音を響かせて、少年は雑踏を掻き分けていった。
その背中が遠ざかるにつれて、周りの見物人たちの呟きがさざ波のように広まった。

「鴉の魔人に盗むな、だなんて今更何を言っているんだか」

 冷笑がその言葉に続いた。同調する者も幾人かいた。

 彼にとっては聞き慣れない会話だった。

「あの、どういうことですか」

 首を傾げて尋ねる彼に、笑っていた人も、黙っていた人たちも、一様に視線を向けた。

5 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:09:29 ID:sufKPwQg0
 まずいことを聞いただろうか。
 彼は冷や汗が脇の下に滲むのを感じた。

 ざわめきが、少し挟まれた。彼が聞こえないくらいの声量だ。やがて一人の町人が口を開いた。

「あんた、旅人かい」

「ええ、まあ」

「どこから来たんだい」

「北の方、エリノメからです」

「じゃあエウロパの森の麓か。よう来られましたなあ」

 そんなに遠くもないだろうに、と誰かが言った。静かに、と他の誰かが口出しをした。最初の男が、わざとらしい咳払いをして、話を続けた。

「旅人なら、この町のことを知らないのも無理はない。ここはヘルセ、鴉の町。
 周りの岩山に、鴉の魔人が住み着いていて、時折町に来ては人のものを奪うのさ」

 町人の男は町を囲む山々を指差した。つられて彼も顔を回した。
どれもこれも岩山だ。緑の極端に少ないのは、秋も深まった季節柄のせいでもあるだろう。
岩肌に細々と聳える細長い杉の木の枝に、鴉たちの影が点々と見えた。

6 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:11:18 ID:sufKPwQg0
「盗まれるのを、止めたりはしないんですか。追い払ったりとか」

「よっぽど高価な物を盗まれたりしない限りはな。一匹追い払うとまた次の鴉が出てくるんだ。そいつを追い払えばとまた次の鴉が来る。
 争うだけ無駄さ。空を飛んでくる奴らを止めるのに疲れるくらいなら、肉の一切れくらいくれてやるほうがいい」

「ま、自然現象さね。突風に吹かれたり、雨に降られたり、そんなもんよ」

「それにほら、首都近辺の教会では魔人は神様って扱いだろう。いくらここが辺境と言ったって、国教に逆らうのは居心地悪い」

 んだなあ、と同調する声がまた幾つも続いた。

「ときに旅人さん、今夜の宿はお決まりかい」

 最初に声をかけてきた男が、顔をずいっと寄せて訊いてきた。

「いえ、まだ来たばかりなものですから」

「おい、お前ずるいぞ!」」

 彼の言葉を遮るように、誰かが叫んだ。

「うちの宿もいいですぜ」

「うちのは温泉つき」

「こっちは土産が充実」

「マッサージ」

「あったかい羽毛布団」

「湯たんぽ」

7 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:12:19 ID:sufKPwQg0
 このあたりまできて、彼にはようやく人々の熱い視線の意味がわかった。
 金を落とす旅客として目をつけられていたのだ。

「自分で探しますから」

 手を振って、去ろうとする。が、客引きもなかなかしぶとく、彼の前に陣取って再びアメニティを自慢し始めた。
 郷土料理に旬の山菜、露天風呂に垢すりにアロマオイル、柔らかい肘掛け椅子、卓球場に、ボードゲームに、酒蔵、遊女。

 応答するのも面倒になって、彼は地面に視線を落とした。

 そのとき、何かが光った。

「あ」

 さっきまで鴉と少年が衝突していた場所だ。

 彼の声をきいて、周りの人たちの動きも収まった。その隙をついて屈み込み、地面の光を指で摘まんだ。
 金属質の冴えた感触がある。

「これは」

 なおも騒ぐ客引きたちをそっちのけにして、ひとつひらめきが彼の頭に浮かんだ。




     ☆     ☆     ☆

8 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:13:20 ID:sufKPwQg0
(´・_ゝ・`)「ニュッ君さあ、まーた喧嘩してきただろう」

 店の扉を潜った瞬間に、店主はにやりと口をゆがめた。

( ^ν^)「なんでわかるんだよ」

(´・_ゝ・`)「体中泥まみれだからさ」

( ^ν^)「転んだだけだ」

(´・_ゝ・`)「こらこら、すぐわかる嘘をつかないの」

 言われたことを聞流して、少年は板張りの床を歩み進んだ。ぎしりと嫌な音がする。
暗めの照明でぼかしてはいるが、それでも年季の入ったカフェだ。店名を「ロッシュ」と言った。古い言葉で、「岩」を指す。

( ^ν^)「デミタスよお、随分と埃が溜っているみたいだけど」

(´・_ゝ・`)「うん。掃除しないと一日でも結構汚れるんだよね」

( ^ν^)「悟ってんじゃねえよ。開店まであと少しだろ。何かしら努力しろよ。気を抜いてたら潰れるぞこんな店」

9 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:14:18 ID:sufKPwQg0
(´・_ゝ・`)「ああ、それは困る。長年の夢をようやく叶えて、このカフェを作ったというのに。
      あ、もうこっち来るの。お店出る前にシャワー浴びてね、汚いから」

( ^ν^)「わかってるっての」

 ニュッ君はデミタスの脇を通り抜けて、厨房入り口の隣にある従業員室の扉を潜った。
 デミタスがなにやら語っている声が聞こえてはいたものの、全てを無視して扉を閉めた。声は遠ざかった。

 コーヒーの香りはこの従業員室にも染みこんでいる。

 細長いテーブルが一つと、背丈ほどのロッカーが二つ。片方は扉が開いており、乱雑な中身を覗くことが出来た。
 制服が数着、ロッカー脇のハンガーに掲げられている。ベルトや帽子もハンガーに提げたフックに余すところなく留まっていた。

 見えるところは概ね整頓されている。しかし狭い。
 その室内が、この店の従業員室の全景であり、ニュッ君にとっては十年見慣れた景色でもあった。

 ニュッ君という名は、あだ名である。新入りのニューが、縮んでニュッ君。本名はあるものの、公的機関の手続き以外では主にあだ名で通していた。
 とくにその名の考案者であるデミタスはことあるごとにニュッ君の名を呼んでいた。

 曇り硝子の貼られた折り戸を潜り、素早く服を脱いでシャワーを浴びて、これまた素早く泥を落とした。
 鴉に掴まれた腕や、翼で叩かれた肌は赤くなってこそいたが傷はどこにもない。嘴でつつかれていたらどこか抉られていたかもしれない。
 突発的な喧嘩とはいえ、血が一滴も流れなかったのは不幸中の幸いだった。

10 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:15:22 ID:sufKPwQg0
 身体を拭いて、制服に着替える。
 といってもボーダー柄のYシャツにロゴ入りのエプロンを羽織るだけの簡素なものだ。
 ごてごてしい装飾をデミタスもニュッ君も嫌っていた。

(´・_ゝ・`)「どんな豆を選んだんだい」

 カウンターにてデミタスに尋ねられ、荷物袋からコーヒー豆の包みを取り出した。

( ^ν^)「あんたなら嗅いだ方が早いだろ」

 焙煎された豆が香ばしい香りを放っている。漂うそれが見えるかのように、デミタスが目を輝かせていた。

 コーヒーのことは、ニュッ君には詳しくはわからない。
 強いていうならば、デミタスが美味しいと言ったものを飲んでいるうちに、とことん味わいの薄いコーヒーが嫌いになった。
 飲めないコーヒーが増えたことをデミタスだけが喜んでくれた。

(´・_ゝ・`)「ニュッ君、テーブルを拭いて置いてくれるかい」

( ^ν^)「砂糖や紙ナプキンの補充は?」

(´・_ゝ・`)「気づくことは全部やっておいてよ」

( ^ν^)「雑か」

11 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:16:21 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君はテーブルをひとつひとつ巡っていった。
 テーブル脇のベレー帽のような砂糖瓶に、スプーンで少しずつ砂糖を足していき、凹面で押して均していく。
 それが終わるとテーブルを拭いた。ポケットにしまった紙ナプキンを必要ならば取り出して置いた。
 何度も手先を動かさなければならない作業を、ニュッ君は自分の勘でてきぱきと進めていった。

 秋といえども、動けば身体が熱を発する。
 テーブル席を粗方巡り終えたときには額に汗の玉が浮き始めた。
 残りはカウンターだけ、と息巻いたところで、呼び鈴に足を止められた。

( ^ν^)「なんだよ、開店前だぞ」

(´・_ゝ・`)「看板が見えていないのかな」

( ^ν^)「迷惑だ。追い返してやる」

(´・_ゝ・`)「まあまあ、もうしばらくで道具の準備が終わるから、それまで待ってもらえば提供できるさ」

( ^ν^)「あんたはコーヒー飲ませたいだけなんだろ」

12 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:17:21 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君は何度か抵抗を試みたが、デミタスが緩やかにいながらも立場を曲げなかった。
 すでに呼び鈴は五回も鳴らされている。派手に舌打ちをしながら、ニュッ君は扉に近づいた。

( ^ν^)「何ですか」

 曇り硝子の向こう側に対し、一応は、接客の態度をした。
 怪しい奴だったらすぐに追い返す、と心に決めていた。

「お届け物です」

( ^ν^)「は? 客じゃねえの?」

「え、何か売っているんですか、ここ」

( ^ν^)「んだとこの野郎」

 上がり框に身を乗り出したニュッ君を、デミタスが「まあまあ」と宥めに入った。

(;´・_ゝ・`)「お店の中も外も、質素を貫いている。勘違いする人も多いから」

 渋々、ニュッ君は扉を開いた。

13 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:19:42 ID:sufKPwQg0
「やあ、どうもどうも」

 男が立っていた。ニュッ君自身にとっては全くしらない男の人。まだかなり若い。ニュッ君と二つと離れていないだろう。

「さっきは街道で大変そうだったね」

 舌打ちを、ニュッ君はまたしてしまう。デミタスが「なに?」と首を出してきた。目がまた輝いて見える。

 鴉と喧嘩した経緯を男は語り、デミタスはにやにやしながら頭を掻いた。

(´・_ゝ・`)「なるほど、やっぱり喧嘩していたのか。怪我はなかったかい、ニュッ君」

( ^ν^)「ねえよ」

「ニュッ君、って言うんですか」

(´・_ゝ・`)「そうだよ」

「変わった名前だ」

( ^ν^)「本名じゃないぞ。てめえが勝手にそう呼んでいるだけだろ、デミタス」

(´・_ゝ・`)「この町にいる君の知り合いなら全員に伝わると思うけどな、ところで旅人さん、一応ここは喫茶店なんだけど、注文あるかな」

「あ、コーヒーホットでお願いします」

( ^ν^)「普通に答えるんかい」

(´・_ゝ・`)ゞ「はい了解」

( ^ν^)「おい」

14 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:20:38 ID:sufKPwQg0
 コーヒーミルに焙煎豆が注がれて、木挽の音がじりじりと響き渡る。
香りがだんだんと強まっていく中、男はずっとにこやかに座って待っていた。

( ^ν^)「他にご注文は」

 水を運びながら、ニュッ君は尋ねた。
 客は首を横に振って返した。

「ところで、お届け物のことだけど」

( ^ν^)「あ、そういえば何だったんですかね」

「これ」

 広げられた客の掌をニュッ君が覗き込んだ。

 中指の付け根のあたりに、指の節に埋もれてしまいそうなほど小さな金色の鍵があった。

「街道に落ちてたよ。君の知っているものかな」

( ^ν^)「……ああ」

 鍵を見下ろすニュッ君の目が、わずかに揺れた。

( ^ν^)「落としたのか、そうか」

 肯定も否定もしないまま、ニュッ君は俯いて呟いた。

「ずいぶん小さな鍵だけど、小物入れ用かな。何にせよ、鍵がないと困るでしょう」

15 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:21:56 ID:sufKPwQg0
「贈り物かい」

 開口一番の一言だ。ニュッ君はわずかに息をのんで、小さく長く吐息を落とした。

( ^ν^)「そうっすね。ずっと昔に別れた母のです」

「それは……悪いことを訊いてしまったかな」

( ^ν^)「え? ああ、んなことないですよ」

 ニュッ君は鼻で笑い、唇の端っこをつり上げた。

( ^ν^)「死別とかではないです。首都の教会の入り口に、俺を置いてってトンズラしたんすよ」

 ニュッ君が口を閉じ、客も黙った。

 気まずい沈黙はしばらく続いた後、コーヒーが出来たよ、とデミタスの声が入った。

「随分と楽しげな声だね」と、客が呟いた。

( ^ν^)「あいつは自分で淹れたコーヒーを人に飲ませたくてしかたないんだよ」

 口元に指を当ててニュッ君は控えめに、ぎこちなく笑った。

 客は目を伏せ、黙していた。

16 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:22:58 ID:sufKPwQg0
 運ばれてきたコーヒーは、淹れ立てということもあり、深い香りをあたりにふりまいていた。
 砂糖をミルクの瓶が添えられていて、客は早速スプーンに手を伸ばし、いくつか掬った。水面に落ちた砂糖が砕けてはらはらと散っていった。

 客を残して、ニュッ君は残りの仕事にも手をつけた。が、残っていたのはカウンターの掃除程度のもので、すぐに終わった。

 開店までは今しばらく時間があった。

「ニュッ君」

( ^ν^)「はいはい。もうその呼び方定着っすか」

 ニュッ君が駆け寄ると、客は居住まいを正した。

「君は気にすること無いと言うけれど、さっきは、やっぱりすまなかったと思うんだ」

 ニュッ君は軽く面食らった。

( ^ν^)「母親のことっすか」

「そう。あまり深掘りするものではなかった。反省する」

( ^ν^)「そんな、俺が勝手に話をしただけなのに」

「まあ聞いてくれよ。反省の代わりに、君にひとつアドバイスをしたいんだ」

17 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:23:58 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「へえ、なんですか」

 わずかに首を傾げながら、ニュッ君は問いかけた。客はこほんと小さく咳を払った。

「どんなに嫌なものであっても、思い出はなるべく大切にしたほうがいいよ」

( ^ν^)「なんだ」

 ニュッ君は噴き出すように鼻を鳴らした。

「わかりきったことかい」

( ^ν^)「ありふれていますよ、そんな忠告。オルゴールのことですか」

「うん」

( ^ν^)「俺を捨てた女のものなのに、大切になんてする必要はないでしょう」

「君、そう思っていないだろう」

( ^ν^)「え? なんで」

「だって、本当にその理由で要らないというなら、もっと前にも捨てられたはずじゃないか。壊れるのを待たなくてもよかったはずだ」

18 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:24:59 ID:sufKPwQg0
 ニュッ君の笑みが、一瞬歪んだ。への字の形に唇が曲がったと思ったら、また傾いてカモメのようになった。

( ^ν^)「捨てにくかったんですよ、ええ、確かに。
 まだ使えるものを無理矢理捨てるなんて気が引けるし。壊れたから吹っ切れたんです。だから捨てた。筋は通っていませんか」

「通っている、でもそれで君は、本当に吹っ切れているかな」

( ^ν^)「さあ、どうだか。あんまり気にしたくなかったんですよね、正直。今の俺には関わりない人のことですし」

 ニュッ君は鼻で笑ったが、客はなおも黙りこくっていた。

( ^ν^)「それでも、思い出を大事にって言うんですか」

「うん」

( ^ν^)ゞ「わかんねえなあ」

 窓から差し込む陽の光が傾いて、西日が赤く輝き始めた。もうすぐ夕方。お店の開店が迫っている。ニュッ君は立ち上がった。

19 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:25:57 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何はともあれ、ご忠告どうもありがとうございます。伝票はここに置いておきますから、お好きなときにカウンターへどうぞ」

 決まり切った言葉を交わし、その場を立ち誘うとする。さっきまで話していたことが、まるで何もかも幻であったかのように、ニュッ君はつとめて形式的でいた。

 踵を返すと、デミタスが厨房で料理の仕込みを始めていた。ニュッ君も急ぎめに足を踏み出した。

 そのとき、客が喋った。

「記憶が欠けているんだ」

 客の口は静かにそう告げた。

「十歳から今までの記憶がすっぽり抜け落ちている。
 生まれた場所も、メティスじゃない。もっと東の、ラスティアっていう国だった。今はもう、無くなっているみたいだけどね。
 気がついたら今年の春頃、森の中にいた。そこから人の通る道をひたすら歩いて、エリノメという麓町に辿り着いた。
 それから日雇いでもできる仕事を探して必死に働いて、行商人に同行して、ようやくこのヘルセまで歩いて来れた。人と話すなんてのも実は久しぶりだよ」

( ^ν^)「冗談っすか?」

「どれもこれも本当だよ」

 頭を抱えていた掌を開いて、客は視線を上に飛ばした。そこに何もありはしないが、客はことさらおどけて見せた。

20 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:27:19 ID:sufKPwQg0
「僕の感覚だとほんの二ヶ月前までは小さな子どもだった。今は、309年だそうだね。
 ひと月前に目が覚めたとき、僕が覚えている時は303年、十歳の頃までなんだ。
 今の僕は十六歳。六年間をどこかで過ごしていたのだろうけど、どこなのか皆目見当がつかない」

 客が話し終える間、ニュッ君は振り向いた姿勢のまま固まっていた。
 客は特に気にすることも無く言葉を終えて、コーヒーの残りを一気に飲んだ。満足そうな笑みを浮かべた。

「良いことも悪いことも、何も無いって、結構キツいよ。僕が言いたいのはそういうこと」

 彼は伝票を持って立ち上がり、ニュッ君を追い越してレジカウンターの前に立った。
 ニュッ君は虚を突かれた様子だったが、慌てて小走りにレジに向かった。

( ^ν^)「なあ」

 コインを受け取り、お釣りを差し引きしながら、ニュッ君は彼に尋ねた。

( ^ν^)「あんた、名前は」

 すると、男は財布から視線を上げた。口角が持ち上がり、零れるほどの笑みを見せてくれた。



( ^ω^)「ブーン・ホライズン。残っている記憶の通りだし、なんとなくしっくりくるし、たぶんこれが本名でいいと思うんだ」

21 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:28:18 ID:sufKPwQg0
 お釣りを受け取った彼はにやりと笑って玄関へと向かった。

( ^ω^)「しばらくこの町に滞在するから、時折ここへ寄っても良いかな」

( ^ν^)「……ああ、もちろん」

( ^ω^)「ありがとう。気に入ったよ、ここのコーヒー」

 開かれた扉の向こう側、夕暮れの空が、ブーンの身体を赤く照らした。

 開店の時は近い。エプロンの帯を締めて、制服をただし、それからニュッ君は、玄関の札を切り替えた。





     ☆     ☆     ☆

22 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:32:50 ID:sufKPwQg0
 夕方から夜遅くまでがロッシュの一日の営業時間だった。
 定休日は無し。午前からお昼にかけては、食材を集めたり、新しいコーヒーを探求したり、あるいはお店を離れての雑務で追い立てられている。

 何もしていないように見えて実は忙しい。しかしデミタスはいつでもゆったりと行動する。
 それはニュッ君にとっては、じっくり目を向けていると苛立ちに見舞われる程度のゆったりさだった。

 開店前に立ち寄ったあの日から、ブーンはロッシュによく顔を出すようになった。
 来るのはいつも、開店したばかりの時刻か、そのときにこなければ夜の遅くだった。

 良い仕事に巡り会えたとブーン本人は言っていたが、何かの制服やスーツを着てきたことはなく、いつでも最初に来たときのようなゆるやかなシャツを羽織っていた。
 薄緑やベージュなど、色合いには種類があったが、どれもこれも不思議と淡泊な色だった。

 秋の日々が過ぎていった。
 青果店の軒先に並ぶ食材の種類も日を追う毎に少なくなった。
 枯れ枝から零れた木の葉が山の方からいくつも舞い散り町へ降り注いでいた。

 ニュッ君は荷物袋を抱えて町中を進んでいた。袋の数は四つ。肩で背負うにはボリュームがあった。
 あたりを警戒しながらも、その足取りは速い。一度も休むことなく郊外まで抜けて、ロッシュの玄関をくぐると、デミタスが目を丸くしていた。

23 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:33:51 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「どうしたんだい、そんなにたくさん買って」

( ^ν^)「めずらしく何にも奪われなかったんだ。奇跡だな」

 空からの窃盗が日常茶飯事なこの町で、手荷物が一枚も破かれずに済んだ。それだけでもニュッ君にとって初めての経験だった。

(´・_ゝ・`)「餌を食い飽きたのかねえ」

( ^ν^)「なに侘しげに呟いているんだよ」

 デミタスが首を傾げるのを尻目に、ニュッ君は厨房へと上がり込み、食材を冷蔵庫に逐一詰めていった。

 と、その途中で動きを止めた。

( ^ν^)「おい」

 客席へと顔を戻し、中央のテーブルに堂々と陣取っている男に声をかけた。

( ^ω^)ノシ「どうも」

24 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:34:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「何してるんだよ、また開店前に来やがって」

( ^ω^)「今日はすぐ仕事に行かなくちゃだから開店時間に間に合わないかも、って言ったら店長が入れてくれたよ」

 ブーンが言い、デミタスが「すまん」と軽く返してくる。普段のニュッ君なら言い返しているところだが、今日は別のことに思考が向いていた。

( ^ν^)「それは」

 ブーンの前に置かれていた、小さな楕円の卵形。オルゴールだ。
 先日その鍵を、ブーンに拾ってもらったまさにその機械である。

 ブーンの指先には、小さなドライバーが握られていた。
 テーブルの上には他にネジや錐、やすりや小さな歯車入りの袋もある。

( ^ω^)「時計屋に聞いてみたら、すぐに見せてくれたよ。時間が無くてまだ手をつけられずにいたらしい」

( ^ν^)「買ったのか、わざわざ」

( ^ω^)「うん」

25 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:35:51 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「物好きな奴だな。出来るのかよ」

( ^ω^)「こう見えて機械いじりは得意なんだ」

 ブーンは腕を曲げて筋肉を強調した。機械いじりとおよそ関係の無い部位である。

 ニュッ君は口をもごもご動かして、結局「ふん」とそっぽを向いた。

 ネジと金属の擦れ会う音と、コーヒーの煮える音とが行き交い、お店の中を満たしていった。ニ
 ュッ君はブーンの方を何度か見ながら、手早く開店の準備を進めた。

いつものごとくテーブルを拭き、床を磨き、メニュー表を整えて、一息ついてまたブーンを見た
。まだ作業の途中であり、難航しているのか、彼の額には汗の玉ができていた。

( ^ν^)「何か食べるか」

 気まぐれに尋ねたニュッ君に、ブーンは目を見開いた。

( ^ω^)「くれるのかい」

( ^ν^)「ただじゃねえよ、買えよな」

( ^ω^)「それはもちろん。ありがたい。君は料理が出来るんだね」

26 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:36:52 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「デミタスはコーヒーしか作れない、それ以外は俺が担当。何にするよ、メニューにあるものならすぐできるぜ」

( ^ω^)「メニュー、か。パスタはある?」

( ^ν^)「ある。好きなのか」

( ^ω^)「故郷の料理だよ。小さい頃はそればっかり食べさせられていた。十歳の頃には既にね」

 種類はお任せで、とブーンが言う物だから、ニュッ君は勇んで厨房へと向かった。
 デミタスが物欲しそうに見つめてきた物だから、ニュッ君は買ってきたばかりの乾燥パスタを二束取り出した。

 水を張った鍋に入れてかき混ぜる。ものの数分で膨らんだパスタを掻き上げて皿に盛る。

 そのあとのトッピングに、ケチャップをふんだんに使った。
 赤い色合いが馴染んだパスタをまっさらな皿に盛り付け、仕上げにパセリを真ん中に載せた。

( ^ω^)「これは?」

 差し出された料理を前にして、ブーンは作業の手を止めた。

( ^ν^)「パスタだ。冷めないうちに食べな」

27 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:37:50 ID:sufKPwQg0
(;^ω^)「ケチャップと和えるなんて初めて見たよ……」

( ^ν^)「あれ、そうなのか? でもコーヒーとよく合うんだぜ。食べてみろって」

 珍しくニュッ君の方から急かされて、ブーンは当惑しながらフォークに手を伸ばした。くるくるとまとめ上げたパスタを口に含んで、静かに噛んだ。

 音を立てずに見つめているニュッ君に、ブーンはゆっくり顔を向けた。

(*^ω^)「いいかも」

( ^ν^)「だろ?」

 デミタスのコーヒーも淹れ終わり、ニュッ君とブーンとで三人で飲み合った。

 いつしかそれが、喫茶店ロッシュの開店前の習慣になっていた。

28 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:38:57 ID:sufKPwQg0
     ☆     ☆     ☆





 深まった秋が足早に去って行く。

 虫のさざめくとある夜、ロッシュの店内は賑やかだった。
 ただし決して居心地の良くない騒々しさでだ。

「商売あがったりでよー」

 客の一人が、大声を上げて叫んでいる。隣のテーブルどころか店中の客がその声を聞いていたはずだ。
 ボリュームもかなりのものだったが、止めに入る声は無かった。

 その客には翼が生えていた。一際大きな鴉の魔人だ。四方のテーブルも全て彼の仲間の魔人たちで埋まっていた。

 大鴉たちは日が暮れるとともにやってきた。
 苛立った様子を隠しもせず、仲間を数人引き連れての来訪に、デミタスはもちろんニュッ君も固い表情で応対した。
コーヒーはちゃんと頼んでくれたのでニュッ君は文句も言わずに黙っていたが、そのあとも騒々しい態度を続けていたのにはさすがに腹を立てそうになった。
 デミタスが腕を握って宥めてくれなかったら、ニュッ君はとっくに抗議していたかもしれない。

 魔人は獣の血が流れている分、人よりも筋力が発達している。純粋な力勝負だと勝てる見込みは薄い。だから、周りにいる人間の客たちは誰も鴉を咎めようとしない。

 鴉たちは岩山に住んでいる。人は町に住んでいる。それがこのヘルセの町の大原則だった。
 棲み分けがなされているからこそ誰も傷つかずに住んでいる。今日みたいに、人のいる町のしがない喫茶店に鴉たちが訪れてくるのは珍しかった。

29 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:39:52 ID:sufKPwQg0
(;´・_ゝ・`)「で、結局彼らはここで何をしているんだ」

 厨房に引っ込んでいたデミタスが、青い顔をして尋ねると、ニュッ君は溜息交じりに口を開いた。

( ^ν^)「隠語使ってごまかしているけど、ようは宝石商みたいだ」

(;´・_ゝ・`)「宝石……岩山の?」

( ^ν^)「いや、多分人から盗るんだ。で、それをまとめて別の人に流している。そっちはきっと人間。そういう商売をしているんだよ」

 ロッシュは町の中心部から外れた場所にある。こぢんまりとした店内は隠れるのにうってつけらしく、怪しげな客もたまには来ていた。
 そのような人たちが陣取っている間、他の客は逃げる。今日も、常連が何人も入り口で回れ右をしているのが見えた。

「どうも邪魔が入っているように思える。心当たりはあるかよ、お前ら」

 一際大柄で、一際嘴が鋭い鴉があたりを見回した。傷だらけの身体から醸し出される威圧感を隠しもせずに発散している。
 周りにいる鴉たちは身を震わせていた。

「近頃警備が強力になったみたいで、なかなか獲物があがらないみたいですよ」

 震える声で提唱された説明は、「知っている」の一言で蹴破られた。

30 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:40:53 ID:sufKPwQg0
「この町もいよいよダメかも知れないですね」と、別の鴉が嘆息を零した。

「狙い目ではあったけど、こう警戒されると立つ瀬が無いです」

「そう簡単に逃げられるか。光り物さえ集めれば売れるんだ。こんな楽な仕事他にあるまい。諦める前に現状を直そう」

「綺麗事を言うなよ。他の土地のが上手くいくって」

 鴉たちがわめきだし、嘴を鳴らして舌鋒を鋭くした。ばたつかせる翼から羽根がいくつも落ち、散乱した。

( ^ν^)「猛禽どもが」

 立ち上がろうとするニュッ君を、またデミタスが握りしめておさえた。

(;´・_ゝ・`)「耐えろ」

( ^ν^)「でも床が汚れる」

(;´・_ゝ・`)「ここで喧嘩されたらかなわないよ」

31 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:41:52 ID:sufKPwQg0
「ウェイター!」

 唐突に呼ばれて、ニュッ君は返事をした。

 一際大きなあの鴉が、指を折り曲げてニュッ君を招いていた。

「なんだこれは」

 駆け寄ったニュッ君に対して、冷たく言った。指先はテーブルの皿に向けられていた。
 いつの日かブーンに提供した、オリジナルの、コーヒーによく合うケチャップ入りのパスタ。

「俺は淡泊な味が好みなんだ」

 皿が、翼に押されて端に押しやられた。

「作り直せよ」

( ^ν^)「……」

32 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:42:51 ID:sufKPwQg0
「ん、どうした。返事は」

( ^ν^)「代金は」

「払わねえよ」

 鴉はふんぞり返って口を尖らせた。

「当然だろ。一度払っているんだから」

( ^ν^)「追加の注文なので代金が要ります」

「そっちの料理が口に合わなかったから作り直せって言っているんだよ。なんだてめえ、言い訳する気か」

( ^ν^)「……」

「おい」

( ^ν^)「失礼、もう半分ほど召し上がっているように見えますが」

「一口だけだ」

 鴉は喚いた。
 ニュッ君はあからさまに大きな溜息をついた。

33 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:43:50 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「わかりました。作り直します」

 テーブルの端に半分だけ乗っていた皿をつかまえて、脇に抱えた。
 鴉は鼻を鳴らして、仲間に目を向けた。もうニュッ君の方を見ていなかった。

 ニュッ君はその場を離れようとした。
 が、そのとき。

「な、上手くいくだろ」

 と声を聞いた。

 ニュッ君の顔が強張って、ふたたび振り返った。

( ^ν^)「なんのことっすか」

「え?」

( ^ν^)「上手くいくとは」

「ああ、こっちの話だよ」

34 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:44:51 ID:sufKPwQg0
 にたにたと、笑みを浮かべる鴉。
 よく見れば、周りの鴉も同じように、粘りけのある笑みでニュッ君を見つめている。
 みながいっせいにニュッ君を見ていた。静けさがあたりを包み込んだ。

( ^ν^)「やっぱり食ったんだよな」

 接客向けの丁寧な態度は、この言葉で綺麗に洗い流された。

「さあ、なんのことだ、か」

 鴉の声が途切れる。
 ニュッ君がその胸ぐらを握っていた。

( ^ν^)「半分食ったんだろ、なあ、おい」

 持ち上げようとして、上手くいかず、服の皺ばかりが幾重にも続いている。
 周りの鴉たちが一斉にどよめいた。人はもちろん尻込みしている。デミタスもだ。
 渦中のニュッ君と、大鴉だけが微動だにせず張り詰めていた。

「なんだよ」

( ^ν^)「食ったんだから代金を払え。それが客の責任だろ」

「あんなぼんくらな料理、金を出すだけありがたいと思ってもらいたいね」

35 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:46:33 ID:sufKPwQg0
( ^ν^)「んだと、この野郎」

 ニュッ君の拳が赤くなる。持ち上げようとして、それができず、鴉ののど元で震えている。服の皺はなおも刻まれている。
 鴉の顔には粘っこい笑みが残っていた。

「せっかく不問にしてやっているのに、逃げねえとは馬鹿だな」

 鴉の掌が、ニュッ君の腕を握り、力が籠もった。

(;^ν^)「いっ!」

 ニュッ君の顔が歪む。
 震えていた拳が開き、その隙に鴉が身をひいた。
 今度はニュッ君が握られる番となっている。痛みに歪んだ顔のまま、離れることも出来ず、目だけで必死に鴉と相対していた。

(;´・_ゝ・`)「ニュッ君!」

 デミタスが叫んだ。
 店内はとうに静かだ。その呼び声はよく聞こえた。だが、誰も反応しなかった。

36 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:48:14 ID:sufKPwQg0
「ちょうどいい。こっちはむしゃくしゃしてるんだ。お前何かで埋め合わせろよ」

(;^ν^)「何かって、何だよ」

「物ならなんでもいいぜ。ルートはいくつもあるんだ。どんなゴミくずでもいい。
 金属部分があれば溶かして資源にできる。木材も切り刻めば紙の原料になる。それ以外の形ある物、全部何かしらに役に立つんだよ」

 だからさ、と続けたところで、ニュッ君が地面を蹴った。
 鴉の嘴に、ニュッ君が頭を突っ込んだ。
 鴉の言葉が止まり、目も白黒し、周りの人たちが唖然とする。

(;^ν^)「けっ」

 逃げられない姿勢のまま、ニュッ君は大きく舌打ちをした。

「……こいつ」

 目を瞬かせた鴉が、ニュッ君を見下ろした。
 もう笑ってはいなかった。その代わり、腕が赤くなる。ニュッ君の顔が痛みを訴える。

「今自分が何をしたのか、わかってるのか」

 鴉は一層目を見開いて、ニュッ君の眼前に立ち塞がった。

37 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:49:37 ID:sufKPwQg0
「辺境とはいえ、メティスなんだろ。俺たち神の使いじゃなかったのかよ」

 大鴉は鋭い嘴を何度も叩いたが、ニュッ君は黙っていた。
 目は見開いて、顔は赤らんで、目元が潤んで、それでもなおも鴉を睨み付けている。

「しかたねえな」と鴉がぼやいた。
 息を吸い込み、腕を持ち上げる。
 ぎりぎりと音が誰の耳にも聞こえた気がした。



 そのとき、空気を切り裂く音がした。

「なっ」

( ^ν^)「え?」

 何が起きたのか、咄嗟に把握できた者はその場に皆無だった。

 気がついたら、床には羽根が散らばっていた。
 ニュッ君を握っていた男の手は離れていて、その男は肌色を覗かせていた。
 羽毛はほとんどなくなっている。

38 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:50:34 ID:sufKPwQg0
(  ω )「彼の料理は美味しいよ」

 鴉の背後から、揺らめくように影が現れた。

 風変わりな旅人の影。

( ^ω^)「コーヒーにも合うし、お金を払う価値は十分あると思うな」

( ^ν^)「ブーン……」

 荒く息を吐いていたニュッ君を見ると、ブーンは微かに舌を出し、すぐ引っ込めて鴉たちを眺め回した。

( ^ω^)「他のやつらも、静かに頼むね。そろそろ五月蠅いから」

「このやろう!」

 言葉を遮るようにして、大きな鴉は拳を振った。
 肌色のこぶしは人の何倍も大きくて、勢いもあり、あたれば確実に骨が何本か折れるだろう

39 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:51:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)「こっちの台詞だよ」

 閃光が鴉の背中に刺さった。光を反射した剣の光だ。
「ぎゃあ」と、弱弱しい悲鳴が上がる。

 あたりの鴉が喚いている。
 まるでその場の王になったかのように、ブーンの瞳が全てを黙らせた。

「こいつ、もしかして雇われ警備兵」

「強力な新人が入ったって噂、まさかこいつが?」

「に、逃げるぞ」

 賛同の波が鴉たちに広がり、退却を後押しする。
 ロッシュの玄関へと鴉たちは一目散に流れていった。

40 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:55:41 ID:sufKPwQg0
( ^ω^)ノシ「職場で会うのを楽しみにしてるよ」

 笑顔でブーンは手を振った。

 踏ん張っていたニュッ君の足が今頃になって限界を訴えてくる。
 むしゃくしゃする気持ちも冷めきれないまま、自然とその口が動いた。

(;^ν^)「なんなんだよ、その強さ」

 力が抜けたニュッ君は、その場で座り、しばらく起き上がれずにいた。







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41 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:57:18 ID:sufKPwQg0
第十六話 鴉の町 前半 (冬月逍遥編①) 終わり

第十七話へ続く


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