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( ^ω^)ヴィップワースのようです 幕間 「遠吠え」

542名も無きAAのようです:2012/04/06(金) 23:56:12 ID:QIfJHTTE0

黒く広大に広がる森を、虫達の協奏曲が木霊する。
最初は耳障りだとも思ったが、今では何だか聞きなれたものだ。

あれから、この森に入ってから───一体何日経った?

この決して手の届かぬ頭上で────まるで己をあざ笑うかのように
煌々と満ち満ちた月を目にする夜は、あれから幾度目を数えている?

大丈夫。

だが、しかし、きっと今夜こそは、大丈夫だ───

睨みつけるようにして月の光を凝視している内、言いようの無い不安が押し寄せる。
それでも、今夜こそは何としてでも己の培ってきた精神力で押さえつけてみせ 意識が飛

543名も無きAAのようです:2012/04/06(金) 23:57:04 ID:QIfJHTTE0




   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

             幕間

           「遠吠え」

544名も無きAAのようです:2012/04/06(金) 23:58:11 ID:QIfJHTTE0

思考がどこかへと跳躍したと認識した瞬間には、決まってこうして
目の前の光景が、いつの間にか数秒前のはずの記憶から移り変わっている。

その惨劇が、最初はただの悪夢で、実際には起こりえない現実だと認識していた。

今にして思えば───あまりに甘い。

「ぎゃ………ッ」

短い悲鳴を残して、一人の腕がもげた。
いや、どうやら腕ごと上半身の大半を抉ったようだった。

どくどくと大量の血を噴出させながら、冒険者の一人は倒れる。
そのままゆっくりと歩みを進める獣の前に抗う術無く、メキ、と音を立てて首を齧られた。

骨を噛み砕き、肉を味わう咀嚼音が、彼らにも届いているのだろう。

545名も無きAAのようです:2012/04/06(金) 23:59:27 ID:QIfJHTTE0

「ひッ」

瞬時に一人が戦闘不能となり、もはや戦意を失ったか───
いや、かと思えば、まだ一人の冒険者はやる気のようだ。

相対するケダモノに向け、しっかりと剣を構えている。

(やめろ)

それは、あまりに無謀だった。
そんな事をするよりも、10割の力全てを闘争よりも逃走へと費やす方が賢明なのだ。

(逃げろ)

少しでも可能性のある方を、彼らに選んでもらいたかったのは本心だ。
だが、無常にも獣の爪牙は、容赦なく的確に、迅速にその冒険者の戦闘意欲と共に、生命力を削いだ。

546名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:00:38 ID:dR6SjzjQ0

まるで、戯れるかのような獣の動作一つが、人間一人に対し、致命的な欠損を肉体に負わせていく。

「な、なんだ!こいつッ!」

(嗚呼、皮肉なものだな)

目の前の旅人は、獰猛極まりない獣に襲われる最中、無意識なのか意識的なのか、両手を前へ出した。
言葉の通じない獣に対して助けを乞おうと差し出されたであろうその腕は、すぐさま噛み千切られる。

「ひぃぃ……ぎゃああっぁぁぁぁぁぁっ!」

それを冷静に、無感情で目の前の光景を見過ごしている自分が、どうしようもなく許せない。
まるで自分には全く関係が無いかのように、その自分の目の前で、何一つ非の無い旅人が喰らわれているのだ。

それが行われているのは、獣としての食の本能だろう。

それでも、助けなければ───

547名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:01:47 ID:dR6SjzjQ0

だが、たゆまぬ鍛錬の元に鍛え抜かれてきたはずの身体は、石のように動かない。
いや───そもそも、自分の肉体はそこに存在しているのだろうか?

かつて、誰より闘争を好み、そして誰より強くなる事を望んだ。
その肉体は、何故か地に根を張ってしまったように、意思に呼応する事はなかった。

「来るな……来るなぁぁぁぁーッ!」

(───止め『グルオオォォォォォッ!』ォーッッ───)

若者は恐らく三人でこの山を訪れていたのだろう。
仲間が一人ずつ、腸を撒き散らしながら助けを求めて息絶えてゆく様は、
彼らに取ってはいかに絶望的で、言いようもない凄惨さをもたらすのだろう。

数秒前に、誰かが耳元で叫んだような気がした。

548名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:03:02 ID:dR6SjzjQ0

この”飢え”という名の衝動を、否定したい自分が居た気がする。
だけど、自分が誰だか、今は、この瞬間だけは解りたくない。
自分が何であったかも、それすらも。

「じヴんとは────ナんダ?」

背筋に怖気が伝う程の声量で、はっきりと耳元でそれが聞こえた。
命に対して分別など持たぬ、ただ己の欲求に従い続けるだけのケダモノの声が。

そのケダモノの前に、打ち消されてしまっている。

ミタジマ流の、師父の、兄弟子たちの、弟分たちと───!
これまでしのぎを削って鍛錬に明け暮れ、身に着けてきた技も!力も!心も!

全てが。

549名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:04:17 ID:dR6SjzjQ0

かつて血反吐に塗れて習得したはずの奥義が、自身の精神力の奥底に住まう黄金の蛇ですらが。
この魔力を帯びた獣による束縛から、己を解き放ってくれる事が出来ずに居た。

(応えてくれ───”螺旋の蛇”───俺の叫びに───)

(そうだ、俺はミ『グふフふふ……』アガのはずだッ)

当てつけるかのように、厭らしい事極まりない下卑た笑いが返される。

この手に手刀を繰り出せる自由が与えられているのならば、耳を捥ぎ取ってしまいたい。
先ほどから叫んでいるはずの声は己の内へと押し留められて、汚らわしい悪意に満ちた言葉だけが。

────そしていずれ、その声は自分の喉から発されているのだと気付く。

550名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:05:06 ID:dR6SjzjQ0

「おレは………ナんだ」

(俺は、こんなケ『コれが、ヲまエの望ンだ姿ダ』にはなりたくない──!)


─────

──────────


───────────────




やがて、全てが終わった。

551名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:06:24 ID:dR6SjzjQ0

今宵の犠牲者は、この森に立ち入ったのは三人の冒険者達だった。
皆が剣を持ち、そこらの妖魔程度ならば軽々と追い払えたはずだ。

だが、今夜は違った。
今夜の月は、違ったのだ。

丸々と満ちた月は、夜空に煌々と輝きながら、ただ佇む。
この輝きの下に照らし出される度に、このケダモノは俺の内から這い出ると、暴れだすのだ。

再び己が俺自身を取り戻した時には、消えかけた松明がぼんやりと照らすのは、無残な肉塊が転がる光景。

それ見てまたぷるぷると拳を、唇を震わせながら三人の旅人の人生を終わらせてしまった事実を認識すると、
またいつもと同じように、決まって俺はその場へと倒れこみ、突っ伏す。

この夜は───初めてではない。

552名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:07:29 ID:dR6SjzjQ0

最初の内は一人、その次は五人、その次は───何人か、思い出す事が出来ない。
数日前には口の中に髪の毛が絡みついているのに気付き、凄まじい嘔吐感で死骸の全てを吐き出した。

───だが、今日になってはそれがないのだ。
次第に、人としての感覚から遠ざかっていってしまっているのだろうか。

欲求に打ち勝つ事の出来なかった自分の弱さ、脆さに涙した事も確かにあった。
それも、二つくらい前の夜からは一筋の涙すらも流れてはこなくなったが。

孤高に行き、そして孤独のまま死んで行く。

そう、心に決めていたはずの自分の信念は、今では言いようも無い程に歪みきっていた。
己がその最期を看取ったはずの獣の獣心と、それを増幅させる月の魔力の下で。

553名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:09:05 ID:dR6SjzjQ0

あるいは、俺の深層心理には芽生えていた暗い部分は。
闘争に明け暮れてきた俺の本質は───こんなもの、だったのか。

こんな、浅ましい─────ヒトが恋しい、肉が。

(人ヲ喰イタイ人ヲ血ヲ肉ヲ『黙れ───黙れえぇぇぇぇぇぇッ!!』喰ワセロ肉ヲモット血ヲ人ノ)

「お前は……俺は!ミル『違ウな。ヲまエはオれだシ、オれはヲまエだ』ガのはずだぁぁぁッ!!」

人としての意識が、高潔であったはずの精神が。
次第におぞましく、汚らわしい獣のそれへと、塗りつぶされてゆくのが分かる。

死のう───自ら命を絶てば、己は人間のままで逝けるのだから。
幾度そう思った事か、自分の喉下へ手刀を突き出そうとも、獣にそれは阻止された。

554名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:10:14 ID:dR6SjzjQ0

命の危機に至ろうという時点で、自らの生に浅ましいケダモノはそれを察知し、這い出して来る。
だからこそ、もう自分はやがて誰かに殺されるまで、あるいはこの森で孤独に飢え死ぬまでを過ごすしかない。

やはり今日も、自ら命を絶とうとする意志は、搦めとられていた。


(───うあぁぁぁあああああああああぁぁぁッ!!────)


抑圧を跳ね除けるかのように、喜───憎悪を、怒りを、楽し──哀しみを、満腹ダ。

血を吐き出すように、魂を引き絞るようにして叫んでいるはずのこの声は。
森へ木霊してやがて戻ってくるこの耳には、獣の遠吠えにしか聞こえなかった。

555名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:11:28 ID:dR6SjzjQ0

(────死にたい───)

俺がそう叫んでいるのが、この声を耳にした人々には、伝わってくれているだろうか。
これまで身を守る術を磨いてきた自分が、今では、己を殺してくれる存在こそを望んでいる。

(───この皮肉を、誰か笑ってくれ───)

────己自身の力だけは、もはや月の魔力の前に打ちひしがれる他ないのだ。

それでも、心の奥底で覆い隠すようにしてきた、最後の希望だけは残っている。
決して、月の獣には気取られぬように、悟られぬようにと、残してきた。


己が、人間としての、最後の理性。

556名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:12:50 ID:dR6SjzjQ0



川゚-゚)



在りし日の少女の面影が、自分を慕ってくれた彼女との思い出が。
どうにか俺自身の理性を、まだ人間のものへと繋ぎとめているのだ。


(;゚д (”クー”……お前が………)



それを、大切に両腕で抱き抱えるようにして───

558名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:14:48 ID:dR6SjzjQ0






ミ ゚(叉)(───喰い……タイ………)




(────誰か、俺を殺してくれ───)



強すぎたその獣の遠吠えには、訴えかける意味があった。
それを聞いた人々に知られぬ事など、決してなかったが。

559名も無きAAのようです:2012/04/07(土) 00:15:52 ID:dR6SjzjQ0



   ( ^ω^)ヴィップワースのようです

              幕間

             「遠吠え」


             ―了―


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